カトリックさいたま教区 那須高原マリアの家 聖母子像

マリアの家の聖母子像

屋外の聖母子像について以下のような資料がありました。

この地が黙想の家となる黎明期。創立者のご婦人が創建された聖母子像に纏わる記録になります。

以下、その抜粋引用した内容を一部編集して掲載します。

† Ave Maria!

那須高原の、ある聖母像について、以下のような資料が手元にありましたので、興味のある方はお読みになってみて下さい。

「那須高原の聖母の聖地について」

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1980年8月15日、ペトロ修道士は、恩人のある婦人から聖母像の建立を依頼されました。その日は亡くなられた御主人の誕生日でした。「私たちはマリア様より沢山の恵みを受けました。感謝の意味でこれを建立したいのです。そして永久に保存したい」。

元となる聖母像(木像)は、その婦人がドイツのある受難劇で有名なところの彫刻村で買ってこられた大変美しく気品のある聖母像でした。修道士は大きさを2.2メートルとし、知り合いの富山県在住の信者である彫刻家K氏に依頼することを提案します。

場所は婦人が案内する庭の一画と定め、「10月のロザリオの月、30日までに建立したい」との希望により取りかかることになりました。

基礎は2メートル掘削しコンクリートで作りました。基礎工事中、婦人が何か思い余っておられるご様子なのでお尋ねすると、沼津に住んでおられる幻視者の方の意見も聞いて頂きたいとのことでした。早速お伺いすることとしました。

「フランシスコ会のペトロ修士です」と挨拶を済ませるとその方は言われました。「イエズス様が申されるには母マリア様のご希望は、台座の高さ28センチくらいで白の大理石、桜の花のデザインが良いと申されます。」そこで「日本ではそんな大きな大理石は手に入らないのですが」と申しましたら「元々考えてあったペトロ修道士の考える台座案で良い」と決まりました。しかし、桜の花びらの彫刻はしてほしいと言われましたので「どのくらいですか」と尋ねると「15枚ほしい」とのことでした。そして「台座の周りに四季をかたどって4個の腰掛が望まれます。扇形のデザインです。」「マリア様は日本の桜が大好きですから。」「しだれ桜二本と多くの桜を植えて下さい。」とも申されました。現在植えられております桜はこのお告げによるものです。

1980年10月30日除幕式。

その後それからマリア様のお望みで純心聖母会の黙想の家が完成します。位置も決められました。マリア様の御像より30メートル離して建築すること。また、設計の内容も指示されました。十字架の道行もイエズス様のご希望通りに完成しました。

「ここは聖地で、ここで黙想したり、十字架の道行をしますとたくさんのお恵みを与える」と約束されたそうです。また「この場所は、原爆から守られる」と天使たちが話しているのも聞かれたそうです。御像の名前はマリア様よりの命名で「微笑みのマリア」となりました。時が来たならばマリア様が御像の前で「祈る者はすべて聞き入れられる」と。奇跡が行われるとの預言もあります。幻視者はいつの日か実現されることを信じておりますとのことです。神の示現により、マリア様はこの御像をくださるのをお待ちになっておられたと。そしてマリア様、一番のお気に入りの姿であることが告げられました。

お告げの内容

  • 御像の台座は33センチ、直径2メートル、白の大理石、桜の花びらのデザイン15枚。
  • 周りには春夏秋冬、四季を表した腰掛を配置した扇形をデザインした形。
  • すべてイエズス様の聖心により、御母マリア様の御希望ですと告げられました。
  • それより後、イエズス様の希望の通りの十字架の道行が完成いたしました。
  • 黙想して、道行をする者に、イエズス様の祝福が受けられるとも告げられました。
  • そして「ここは聖地である」と申されたました。
  • ですから「微笑みのマリア様」の前で15連のロザリオを望まれます。
  • なお、マリア様の御像にお花をお捧げするときは、バラの花7本と青い葉と共に捧げて下さい。
微笑みのマリア